★アルカリイオン水
◆ブームに乗ったアルカリイオン水

 水ビジネスの中でも、過去、日を見張るようなブームを巻き起こしたのが「アルカリイオン水」というシロモノ。正確にいうと、この水はアルカリイオン水生成器という器具から得られるものです。

 この器具の仕組みを簡単に説明しますと、まず、水道水を内部に組み込まれた浄水器で濾過し、それにカルシウム剤を添加。さらに電解層で電気分解して、アルカリ性化した水と酸性水を作るというもの。これだけのきわめて単純な構造の装置に、整水器やら活水器といったもっともらしい名称をつけ、20万円前後で売りまくったのです。

 そして、この装置で作るアルカリイオン水(電解水)を飲めば、カルシウム補充、慢性下痢、消化不良、胃酸過多制酸、胃腸内異常発酵などに有効で、酸性水のほうは飲用はできないが、弱酸性のアストリンゼントとして美容に用いたり、さらには、食器、衣類などへの洗浄殺菌効果があるというのがメーカーのうたい文句でした。

 その上、販売員や信奉者が、腎ガン、糖尿病、高血圧、アトビー性皮席炎、水虫、はては老人性痴呆痘(認知痘)にまで効果があると、まるで万病に効くかのような誇大なセールストークを繰り返してきたのです。これではさながら、先に紹介した「魔法の水」です。加えて、その彼らが錦の御旗のようにとなえていたのが「厚生省から医療用物質生成器として製造承認されている」という殺し文句。国が認めているのだから、ということで無条件に飛びついた消費者も少なくなかったのです。

 さらに、ブームに拍車をかけたのがマルチまがいの販売方式。この生成器が製造承認のある健康機器ということに加え、高額な価格設定をしていることからマルチ商法にはかっこうの商品となり、そのため、経済企画庁の外郭団体である国民生活センターには数多くの苦情、トラブルが持ち込まれることとなりました。

 しかし、ブームが加熱し、その人気に目をつけた大手メーカーが参入しはじめると、アルカリイオン水の効能に対して、疑問や枇判の声が出はじめました。それも、専門家や学者の聞からのものだったのです。水に詳しい京大名誉教授で医学博士の川畑愛義は「アルカリイオン水は胃酸を薄めるから、胃の役割である食べ物を消化・分解する力や消竜力を弱める。水は人間の命を養ういちばん大切なもので、電気分解するのは自然に反する行為」と平成4年9月7日付の読売新聞紙上で人体への悪影響を指摘しました。

 また、山口辿夫・実践女子大教授(栄養化学)も「健康な人が継続して飲んだ場合は、逆に胃の機能障害を起こす可能性さえある。体質改善になるというが、アルカリ性の水を飲んだからといって、からだがアルカリ性になるものではない。食生活のバランスこそが大切だ」と、同年10月20日付の東京新聞紙上で述べています。と同時に、各地の消費者センターにもアルカリイオン水生成器の苦情、相談が殺到し、その件数も昭和59年には92件だったのが、平成2年には301件、翌3年にはそれを上まわったのです。

◆ついに「効能に難問あり」の実験結果が露呈

 こうした消費者の声を反映して、国民生活センターはアルカリイオン水生成器の代表的な機器5種類のテストに踏み切り、その結果を平成4年10月に発表しました。その内容は業者側に不利なもので、ずばり「効能に疑問あり」というものでした。それを列記すると…

 ①電気分解で水道水を分解すると、陰極・陽極にそれぞれPH9~10、PH3~4の水が作られる。しかし、水を分解してできたものであるため、アルカリ性・酸性がたいへん薄く、アルカリ性の水を飲んでも、体内で胃酸などの酸が入ってきたときに、酸を抑えるカ(制酸力)は非常に弱い。また、からだには恒常性を保つ働きがあり、すぐに体内がアルカリ性になるわけではない。

 ②カルシウム補給効果については、生成器の水のカルシウムは量は、多くても水道水の2倍程度で、牛乳の1/40~1/20である。1日に必要な量から考えると、不足がちなカルシウムの供給瀦として期待できない。

 ③酸性水の殺菌力についてもうたわれている場合が多いが、アルカリ水と同様、酸性物質の量を示す酸度が低く、また、そのとき接している食品、手、まな板などの悪影響も受けるので、殺菌効果もあまり期待できない。

 ④生成器の表示に関しては、広告、パンフレット、店頭での宣伝などに誇大なものが多く見られ、厚生省からも表示について徹底するよう通達が出された。また、当センターでも、厚生省に対し、承認している基準そのものの見直しに関する情報提供をしているところである。

 また、同センターでは「カルシウムを補給したり胃酸過多を抑えるためには、大量に飲めないと無理。かりに、牛乳1リットル分のカルシウムをアルカリイオン水から摂取しようとすると、20~40リットルは飲む必要がある」とマスコミヘのコメントとして述べるとともに、メーカー側にもデータの提示を求めましたが、きちんとした回答は得られなかったとしています。

◆厚生労働省も見直しに着手

 ここまでいわれれば、当のアルカリイオン水業界にとって、死活問題。そこで、おおむね次のような主旨の原稿を、国民生活センターに提出しました。

「安全性の確保に重点をおいた家庭用医療器具であり、医療品を製造するものではない。あくまでも、水を飲むという日常的な行為のなかで、穏やかな効果、効能を発揮するものだ。国民生活センターの発表では、即効性のある胃腸薬を比較している点が、おかしい」

 けれども、この反論は実情に即していなかったのです。先に紹介したような「万病に効く」などの、あきらかな誇大な効能・効果をうたったパンフレットが、事実、出まわっていたからです。国民生活センターの発表とほば同時期に、厚生省も誇大広告の疑いのあるパンフレット顆の取締りをはじめ、日本百貨店協会など、関連各業界団体の会長宛、生成器の誇大広告に注意をうながす通達を送付しました。さらに同省は93年に入って薬事課を通じ、デパート、スーパー、その他の販売店に置かれてあるパンフレットやPOPを調査。厚生省が承認した効能・効果以外の表現があったものをメーカーに回収させています。

 遅きに失したきらいはあるのですが、ともかく厚生省は、このようにアルカリイオン水生成器の見直しに着手。加えて、同省・薬務局医療機器開発課では「現在なら膨大なデータを要求するが、当時(昭和40年)の基準ではそこまで要求しなかった」と、承認基準が甘かったことを暗に認め、業界に生成器の臨床データの再提出を要請。2年後をメドに京大などで、あらためてアルカリイオン水生成器の有効性について、臨床実験することとしたのです。

 それもこれも、何十年も前のデータをもとにした承認を、自動的に延長してきたがために起こったおそまつです。これが新薬の場合だと、薬事法により、数年ごとに見直しを行うわけですが、医療器具は、一度、承認されると、この生成器のようにどれほど年月が経過しようとも見直しの規薙が存在しなかったのです。そこで、この「アルカリイオン水問題」をきっかけに、厚生省内にも医療器具全般についても見直す必憂があるという気運が生じてきました。アルカリイオン水業界にとっては手厳しい厚生省の方針ですが、これも、あたかも「魔法の水」まがいの誇大なPRをしてきたせいであり、いわば、身からサビということができます。

◆アルカリ性食品・酸性食品の誤り

 このアルカリイオン水が大きなブームを呼んだのには、それなりの背景があったことは否めません。健康にいいなどというと、たちまち日の色を変えるノー天気な日本人の気質もさることながら、それをあおりたてた業者がいたことです。

 一時期、話題となった「アルカリ性食品」と「酸性食品」の区分がそれで、食品をアルカリ性(野菜など)と酸性(肉など)とに区分して食べわけることで体内の酸・アルカリ度(ph=ペーハー)を調整し、健康維持に役立てるという説です。そして、そこから導かれたのが、酸性食品は血液や体組織を酸性に傾けるから悪玉で、アルカリ性食品は酸を中和する働きがあるので善玉である、という結論でした。この、一見もっともらしい考え方、とくに「アルカリ」ということばの響きに多くの人々がひかれ、アルカリ性そのものが一躍もてはやされることとなりました。

 しかし、このアルカリ神話はとんでもない誤りなのです。人間のからだというのは非常に良くできていて、ある一定の状態を保とうとする働きが備わっています。これを、ホメオスタシス(恒常性)といいます。ようするに、人体にはもともと一定のphを保つためのクッション機能(緩衝能)が幾重(血液・呼吸器・腎臓など)にも張りめぐらされており、アルカリ性あるいは酸性の食品を摂ったからといって体液や体組織がどちらかに傾くということはありえません。

 かりに、食べ物や飲みものによってその都度からだのphが変化するとしたら、栄養学や食品学の知識のないものは、いつ健康を損ねるかわからないということになります。人体はそれほどヤワにはできてはおらず、生命維持のための立派な防御・緩衝機能がきちんと備わっているのです。

 現代の栄養学、食品学は栄養素のバランスよい摂取を重視しています。そして、食品はそれぞれ栄養学上の特性を持っており、そのこととアルカリ性・酸性とが結びつく科学的・学問的根拠はどこにもありません。水はもちろんのこと、アルカリ性食品・酸性食品といった区別は、時代遅れの俗説として専門家の間では完全に否定されている過去の遺物なのです。

 ところが、健康を売りものにしている一部の食品・薬品業界やその関連情報機関では、いまだアルカリ性食品有用説をもてはやし、なかには誤りを承知で宣伝などに使っている例もたくさんあります。アルカリイオン水も、まさにこうした「常識のウソ」を土台に市場を席巻してきたわけで、アルカリイオン水が健康にいいなどというのは、たんに専門的知識のない消費者をあおるための宣伝文句にすぎません。

 こうして、アルカリイオン水への疑問点が世に知れることになって、さしものブームも沈静化に向かいましたが、それでもいまだ、家電量販店などでアルカリイオン水をつくる機器が売られているのを目にすると、まだまだ被害者はいるのだと、暗澹たる気分にさせられます。

 まさに、過去の遺物ともいえるアルカリイオン水ですが、その効能・効果については、あらためて動物実験や臨床実験を依頼された大学などの研究機関の発表を待つことにはなったものの、現時点では少なくとも万病に効く「魔法の水」でないことだけは、はっきりしたわけです。